大阪高等裁判所 昭和32年(ラ)206号 決定 1958年12月04日
抗告人 直井武雄(仮名)
相手方 直井伸子(仮名)
主文
本件抗告はこれを棄却する。
理由
本件抗告人の抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりであるが、これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。
本件記録添附の戸籍謄本、大阪家庭裁判所調査官補千葉正胤の調査報告書、大野茂子審問調書、抗告人及び相手方各審問の結果等によると、抗告人と相手方は、昭和三〇年一一月結婚式を挙げて内縁の夫婦関係に入り同棲し、昭和三一年九月○日婚姻届出を為したが、昭和三一年一一月○○日より別居生活をしていることが認められる。抗告人は、相手方がヒステリー性が強く、虚栄心も強く、平然と虚言を吐き、また家事能力低く、そのため家庭生活が平穏でなかつたところ、昭和三一年一一月中旬、相手方は、その妹美代子の東京に於ける結婚式に抗告人が用務のため参列できなかつた事情を理解せず、これを不満として、家をとび出し、その後「遺髪」なるものを封入した「遺書」と称するものを抗告人に送り、結婚生活持続の意思なきことを表明し、自ら同居を拒否したもので、両者の婚姻を継続し難い事情があり、抗告人は相手方との同居を拒否する正当の理由がある云々と主張するところ、当審における抗告人及び証人直井通雄尋問の結果によると、相手方には些細のことに興奮する多少のヒステリー的性格があり、また自己の妹の結婚式に夫である抗告人が出席しなかつたことを不満として多少穏当でない言動があつたことが認められるけれども、前記調査官補の報告書、当審証人大野茂子及び同小山里子の各尋問調書、相手方本人審問の結果等を綜合すると、相手方の性格は抗告人と同居し難い程度のものとは認め難く、また別居するにいたつた当時姙娠八ヶ月であつた相手方が、前記妹の結婚式に夫の抗告人が出席しないのを不満として、抗告人及びその母等に対してその不興を買う言動をなしたのに対し、抗告人の母、抗告人等において相手方の帰家を拒否し両者の対立が深まつた事情が認められ、相手方において抗告人の同居を拒否し婚姻生活を持続しない旨表明したものとは認め難く、その後離婚の調停が不調となり、現在離婚の訴訟中であることは相手方審問の結果によつて認められるが、前記各資料によつても、抗告人及び相手方間に婚姻を継続し難い重大な事由があり、抗告人に相手方と同居を拒否するに足る正当の理由を裏付ける事実を認定することは困難である。そうすると、抗告人に相手方と同居を命じた原決定は相当というべきであり、また当審抗告人本人審問の結果によつて認められる抗告人が一ヶ月約金二五、〇〇〇円の収入あること、当審における相手方本人審問の結果及び前記大野茂子審問調書等によつて認められる、相手方は昭和三二年一月○○日長男を出産し親子共に○○○○銀行員である相手方の父の家に寄寓してその生活扶助を受け、相手方自らは洋裁をして一ヶ月約金三〇〇円ないし金二、〇〇〇円程度の収入あるのみである事情を考慮すると、原決定が抗告人に対し、相手方の審判申立の翌日である昭和三二年八月七日より同居にいたるまでの間月金七、〇〇〇円の扶助料の支払を命じた点も相当であつて、本件抗告は結局理由なく棄却を免れない。
よつて、民事訴訟法第四一四条第三八四条に則り主文のとおり決定する。
(裁判長判事 藤城虎雄 判事 亀井左 取判事 坂口公男)
別紙 抗告の趣旨
原審判を取消す。
本件を大阪家庭裁判所に差し戻す。
抗告の理由
抗告人と直井伸子は現在夫婦であるが、婚姻を継続し難い重大な事由による性格の相違から既にその結婚生活は破綻を来している。そこで抗告人は同居の請求を拒否するに足る正当の理由がある。これを詳論すると次のとおりである。
第一、原審判の不当性
家庭裁判所に於ける調停は双方交互に事情を聴取り殊に調停委員二人中一人は婦人の委員の為に相手方の涙交りの長き泣言に耳をかたむけること多く之に対し抗告人の方は時間をとつては調停委員に迷惑をかけることありとの苦慮より簡単に要領のみ申述べ謂わば無味乾燥の骨核のみを味気なく申上げ肉や其他の装飾や潤色など一言半句も申上げさりし為今にして思わば却つて冷たき性格とでも誤解せられた不利な結果となつたのであるまいかと憂慮する次第である。殊に相手方は後述する如く極めて虚言を弄して平然たるものであるから其虚言が今回の審判の中核をなし該審判書を読んで抗告人、母、弟、其他親族一同が相手方の虚言を如何に上手であるかに驚くと共に公平無私で国民信頼の標目である裁判所が一方の虚言を中心として抗告人の言分を全く無視した片手落の公平ならざる審判をなすものなるやに付甚しく不審をいだき疑惑をもつに至つたのは甚しく遺憾千万である。是非共一般司法裁判所の如く公平な審理と裁判をなして国民の疑念を解き裁判の公正さを示す上に於ても抗告人の言わんとし訴えんとする処に耳をかたむけられんことを切望する次第である。
第二、同居を拒否したるのは相手方
(一) 相手方の妹美代子の結婚式に参列の筈なりし処勤務先○○○○○組合の総務部長として重要なる用務あり自ら之に当るにあらざれば如何とも為し難く他人を以て替え難き要務のため涙をのんで上京をみあわせ其旨を相手方に委しく説明せし処、斯る夫の立場等に理解とぼしき相手方は之に耳をかたむけず殊に姙娠中の異常なる神経作用も手伝い「上京の約束を破つた」「前言を食んだ」と主人の勤務先と立場等を顧みず「もうこんな家に帰らない」「私にも考えがある長い間お世話になつた」旨を告げ自ら雨の中を一人で出て行かんとしたるを漸く中止せしめ其夜は終夜泣き続けて東京行を強要し翌日抗告人が組合に勤務の不在中抗告人の母に対し同様抗告人の上京せざることを非難し母は抗告人が勤務先の要務にて上京出来ざる已むを得ない差支の事情を述べるや又も「こんな家とは思わなかつた」「こんなことでよいと思いますか」との暴言をはき家を飛出し其翌日十一月○○日相手方と大阪城附近にて会見したが是より白浜に行くのだとて抗告人は帰宅を促すも之に耳を傾けず「遺書」を抗告人に交付した。
(二) 翌日勤務先に電話ありしより帰宅を促したるも泣くのみにて之に応せず媒介者村上夫人の言によれば「直井の母を非難してる様子」とのことであつたが相手方より其時第二の手紙を貰つたが其手紙によれば「もはや結婚を持続する意思はない」との明に相手方より結婚持続拒否の意思の表明あり右手紙の中には「遺髪」なるものを封入せる「遺書」と称するもの「遺髪」と称するものを送り結婚生活持続の意思なきことを明白に表明し当方の再三再四の帰宅勧告を極力拒否し自ら家を飛出し帰宅せざることか妻としてあるまじき行動である。而も其原因が妹の結婚式へは勤務先の要務の為巳むを得ず上京出来ざりし夫の職務上の立場を何等理解せざる極めて無理解な事柄から端を発して自ら家を飛出すの愚挙を敢えて為したるは夫に対し甚しき侮辱的挑戦で自ら結婚生活を拒否したるものにして抗告人は再三再四其翻意を勧告したるに之を拒否し「遺書」「遺髪」を送りたるものなれば同居を拒否したるは相手方であつて而も何等同居を拒否する正当の事由なきに拘わらず之を拒否したるものなれば其罪責は相手方にあつて抗告人には之を責められるべき何等の事由がない筋合である。
第三、相手方の特殊異常の性格
(一) 相手方は斯る行動をとつた其一事を抽出して相手方を非難するよりも先づ相手方の平素の行動、其性格から深く堀下げ何故に相手方を非難しなければならぬかを明にし両人の結婚生活が如何に之が為に悲惨なものであり婚姻を継続し難き重要な事由があるか、従つて相手方の家出に端を発したることから其後同居を持続することが果して両人の永久の幸福を招来するものであるかないかを根深く探求するに非ざれば此問題を容易に解決することができないものである。
(二) 結婚生活後抗告人は静に相手方の性格を観察して来たが(イ)ヒステリー性が強く(ロ)虚栄心も強く(ハ)虚言を吐くこと平然であり(ニ)家事能力が低く以上(イ)乃至(ニ)の欠点から主婦としての資格に欠けること甚大であることが明になつた。従つて両人の形造る結婚生活が不幸を招来するもので決して幸福なものでない以上其婚姻は継続することできない重要な事由があるものと確信する。
(三) 前項の(イ)に付ては昭和卅一年十一月中旬妹の結婚式に出席せよとて一晩中蒲団を蹴飛し泣きわめいた。恰も発狂したかと思われる様な有様で今にも刃物を持出し自殺するかと思われる挙動の節々があり抗告人は恐怖にかられ一夜眠ることができなかつた。之より以前のことなるがシャツのボタンを付けて呉れといつても三回程繰返してつけない之を注意すると「私が之程一生懸命に働いて居るのに」とて泣き伏して反抗する様なヒステリーの強度性がある。
(四) 第二項の(ロ)に付ては妹の結婚相手は東京の資産家である○○書店長男で先方の親戚の列席者が多いから当方も之に負けず対抗する虚栄意識から前述の如き上京の異常な強要をなしたのは虚栄心の根強きものがある為で平素自らの持物についても之は「舶来品である」と強く吹聴するが其実は決して上等の品物でない。此一事をもつても其虚栄心の強度さが窺われる。
(五) 第二項の(ハ)に付ては家庭裁判所の審判書に藤原和枝が家庭に出入し発言力が大で家庭が乱された同人と伸子とけんかが絶えない様なことを書いているが之は相手方の虚言が其儘反映されてるので斯る事実は絶無である。尤藤原は抗告人の従妹で親戚の間柄で其意味で出入することあるが何等発言力を持つて居ないし又左様な女性でもなく同人は抗告人の勤務する○○○○○組合の理事長白石寅雄の秘書で白石夫人の姉である親族関係もあり勤務先の近い関係にあるに過ぎないに拘わらず又平素今迄未だ且つて藤原問題に付相手方から審判書に書いてある様な言を聞いたことないに拘わらず今回家庭裁判所で初めて作り出した創作的言辞で之が因をなして審判の中核となつているが抗告人としては斯る虚偽の言が中心となつて審判せらるることは裁判の信頼性から謂つても到底堪え得られないことで藤原も今回之を耳にし大に驚き場合によつては相手方に対し刑事上の何等の処置に出たいと考えて居る位で如何に相手方の虚言が巧妙であるかは前述の「遺書」「遺髪」の意味を確めた処「あれは愛情の表現である」と言うも「遺書」「遺髪」が愛情の表現ということはあり得ないが斯る其場限りの虚言をはくことは平気で恐らく家庭裁判所でもいろいろ虚言を恰も真しやかに涙交りで申述べ殊に其赤坊を裁判所に連込んで調停委員の同情を惹く為にあらゆるゼスチヤーを演出したことは平素の虚言性からみて明かである。調停中なる昭和三二年三月頃故意に夏物を着用し冬の着物は抗告人が故意に渡さないと称して居たが重要な衣類は全部数回に亘つて持帰つてるに拘わらず故意に斯る狂言を演出して裁判所の同情を惹かんとしたのである。
(六) 第二項の(ニ)に付ては相手方は家庭の主婦として家政を司る能力は全くない。秩序を立てて手際よく家政を処理出来ない。二階の窓のカーテンを作ることを頼んだ処之を仕上るに数ヵ月を要した。洋裁も十年習得したと称するが抗告人の夏ズボン一着を作るとて春に布地を買い数ヵ月ひねくり廻して秋に漸く出来上つたが督促すれば泣いて反抗する。又自ら「洗濯好き」「奇麗好き」と自称してるが洗濯物を押入にぶち込んで其儘放置するようで主婦として適当な能力が欠けて居る。
第四、性格の相違より来る婚姻継続し難き事由
(一) 相手方は叙上の如き性格であるに反し抗告人の性格は真面目で無口で勤務先の勤めが熱心で努力家である勤務成績もよく同僚友人間の気受も亦極めて良好である。従つてヒステリー、虚栄心の強い虚言の多い家事能力の低い相手方との性格や思想が相当距りが深い。
(二) 性格や思想の相違から来る結婚生活の不合理は泣くに泣かれぬ根底深い悲惨極りなきものである。民法第七七〇条五号は「其他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」離婚を許すこととした。本件は正に之に該当する。
(三) 思うに相手方の性格は到底夫の努力では治療し難き深いものである。抗告人の温厚、真面目さから相手方の性格を変換せしめようと努力したが根深い相手方の性格は抗告人のたゆまざる努力に拘わらず到底之を覆すことができない。両人の性格と思想は正に正反対で抗告人が努力すればする程相手方は反溌し遠ざかつて永久に符合することなき反溌性の激しき性格である。抗告人は涙をのんで忍び難きを忍び堪え難きを堪えんとあらゆる努力渾身の誠意の限りを傾け尽したが到底永久に抗告人の誠意と努力を胸襟を開いて迎えて受け入れる様な性格でない以上此婚姻を継続することは両人に救い難き不幸の泥沼の如きどん底の深みにおちいる許りで其「底なし沼」に落込むことを両人の不幸である。
(四) 原審裁判所は極めて皮想な相手方の虚言を中核とし「子供があるから同居せよ」との極めて簡単にして幼稚な形式上の観察をなし叙上の如き性格思想の深刻な苦悩を洞察しなかつた不当がある。是非共当審にては此点に深く解剖のメスを加えて真実の実相に徹した御判断を与えられんことを切望する次第である。